日刊映画日記

赤宮です。楽しく映画を語ります。ネタバレは少なめ。

トスカーナの贋作/Certified Copy(2010年)

本物より、美しき贋作を。

 

トスカーナの贋作/Certified Copy(2010年)監督:アッバス・キアロスタミ

 


映画『トスカーナの贋作』予告編

初老のイギリス人美術研究者、ジェームズ(ウィリアム・シメル)は、イタリア・トスカーナのとある村で『贋作』という自著についての講演を行うことになった。彼のファンである1人の中年女(ジュリエット・ビノシュ)は、会場の最前列に陣取り、熱心に講演に耳を傾けていた。

講演が始まってまもなく、女の息子が会場にやってくる。「お腹が空いた」とせがむ息子に根負けし、女は講演の席を外すことに決める。ジェームズの著作を胸に抱え、会場を名残惜しそうに立ち去る女。だが、彼女は『贋作』の訳者と連絡先を交換することに成功していた。そして息子とハンバーガーを食べながら、訳者を通じてジェームズと連絡を取ろうと決心した。

彼女はジェームズに連絡し、「9時の列車が出るまでなら」という約束で落ち合うことになる。自分の経営するカフェに招待し、その後車でトスカーナを案内することになった。ドライブを楽しみ、美術館を訪問した二人は、ふと入ったカフェで『贋作』の内容についての議論を始める。議論は感情的になりつつ進んでいくが、ジェームズの携帯に突然着信が入った。彼は店の外に出て通話を始め、女は少し手持ち無沙汰を感じる。それに気を遣ってくれたのか、店の奥に居た女店主が、ジェームズを待つ女に声をかける。「いい旦那さんね」。どうやら、夫婦に間違われているらしい。少しためらったものの、女はそれを否定せずに話し始めた…

 

 

 

アート・シネマというジャンルがある。明確な定義があるわけではなく、主流のハリウッド映画から外れたものをそう呼ぶことも多い。誰かが「この映画はアート・シネマだ」と言ったら、それは「この映画はハリウッド映画ではない」と言ったのと同義だと考えていい。それくらい曖昧なジャンルではあるのだが、時たま、「この映画は間違いなくアート・シネマだ」とわかる作品に出会うこともある。『トスカーナの贋作』はそういったアート・シネマであり、観る者の心にしんみりとした感情を呼び起こしてくれる作品だ。

 

2010年に公開された『トスカーナの贋作』は、イラン人が監督を務め、イタリアのトスカーナを舞台に、イギリス人学者とフランス人女性の一風変わった恋愛模様を描いた作品だ。劇中の会話はイタリア語、英語、フランス語で行われ、目まぐるしく展開する多国籍性を感じられる。

 

イタリアを舞台に撮影された映像はどこを切り取っても美しく、全体としてもろくこわれそうなバランス感は見ていて恐ろしくなる。鏡をうまく使って奥行きのある舞台設定を行っていたり、美術作品を通じて映像に彩りをもたらしていたりと、監督の美的センスが遺憾なく発揮された作品となっている。

 

さて、『トスカーナの贋作』のどのあたりが「アート・シネマ」なのだろうか。それを明らかにするためには、先に挙げた「主流のハリウッド映画から外れている」という定義からすると、主流のハリウッド映画と『トスカーナの贋作』を比較することが必要になるだろう。

トスカーナの贋作』の中でもとくにアート・シネマの特徴が顕著なのが、ストーリーの「語り方」である。初老のイギリス人学者と中年フランス人女性の恋愛というごく平凡なストーリーを、『トスカーナの贋作』はこれでもかと言うくらい王道に外れた語り方で綴っていく。

ジェームズと女、二人の会話は、ありふれた言葉で語られるように見えて、その内容ははっきりとしない。シーンごとに語られる言葉は理解できても、その内容が何を意味するのかはいつもあやふやなまま終わってしまう。その結果、彼らがどこを、何を目指しているのかがいつもわからない。気がつくとシーンは移っていて、これまた不明確なお話を続けていくのだ。

だから、作品を通じて彼ら二人を動かす動機も、ストーリー全体を動かす動機もはっきりとしない。女がなぜジェームズに執心するのか、ジェームズがなぜ女に付き合って1日を過ごしているのかもわからない。全てが観客の解釈に委ねられている。はっきりしているのは、面識のなかったはずの二人が、なぜか結婚15年の夫婦のようなデートを、一日かけて続けているということだけ。嘘っぱち、贋作にすぎない。そのデートを突き動かす動機も、やっぱり判然としない。

 

 

 

だが、理解に苦しむものの、『トスカーナの贋作』はその映像美をもって、曖昧なストーリーに飽きさせないだけの魅力を誇る作品でもある。正直、赤宮はどうしてこの作品を最後まで鑑賞することができたのか、わからなかった。会話は退屈で、語られるストーリーは不明確だ。けれども、そのあやふやさがどこか癖になる。自分でも気が付かないうちに、「どうしてこうなった?」「何を考えている?」と問いを続けてしまっている。

トスカーナの贋作 [DVD]

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2017/11/13