日刊映画日記

赤宮です。楽しく映画を語ります。ネタバレは少なめ。

北北西に進路を取れ/North by Northwest(1959年)

北北西に進路を取れ/North by Northwest(1959年)監督:アルフレッド・ヒッチコック

★★★★★★

 

 

 

紛うことなき傑作


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◯あらすじ

広告会社を経営する色男ロジャー・ソーンヒルケーリー・グラント)は、取引先との会食中、給仕が「キャプラン様」と読んだ声に誤って反応してしまう。謎の男「キャプラン」を追っていた2人の男はロジャーをキャプランと勘違いし、ロジャーを郊外の屋敷に誘拐する。屋敷の主たちはキャプランというスパイから情報を引き出そうとしており、ロジャーは執拗に尋問を受ける。もちろんロジャーには何も答えられない。業を煮やした男たちはロジャーを殺害すべく、大量の酒を飲ませた上で車を運転させた。

しかし、ロジャーは並外れて酒に強かった。泥酔しながら何とか事故なく車を運転していたが、最後にはパトカーに見つかり逮捕されてしまう。無実の罪を晴らすべく奔走するロジャーだが、郊外の屋敷に手がかりはない。追っ手から逃げつつ「キャプラン」を探すが、さらには殺人の罪まで着せられてしまう。追っ手や警察から追跡される身となったロジャーは、すがる思いで「キャプラン」が向かったというシカゴ行きの電車に飛び乗る。…

 

 

 

北北西に進路を取れ』は1959年公開のアメリカ映画で、監督はアルフレッド・ヒッチコック

ヒッチコックは『めまい』『サイコ』などで知られるサスペンス・スリラー映画の名手で、「サスペンスの帝王」との異名を持つ。ヒッチコックはイギリスで多くの映画を手掛けた後ハリウッドに渡り、1940年代から70年代にわたり数々の傑作を生み出した。

中でも1958年の『めまい』、1959年の『北北西に進路を取れ』、そして1960年『サイコ』はヒッチコックの全盛期として名高い。ヒッチコックが確立したサスペンス――観客の不安や緊張を呼び起こし、スクリーンに釘付けにする技術――はこの三作品で頂点に達した。虚実入り交じる幻想的な表現で心を掴む『めまい』や、あらゆるスリラー映画に影響を与えた「シャワーシーン」を生んだ『サイコ』など、現代映画におけるサスペンスの源流を作った偉大な作品群だ。

 

 

 

さて、「日刊映画日記」は今回の100回目の更新を迎える。節目の記事には『北北西に進路を取れ』を選んだ。この映画は、赤宮がこれまで観てきたすべての映画の中で、最高の一本と呼ぶにふさわしい作品だ。

テーマ、演出、脚本、俳優。どの点をとっても素晴らしい作品だが、何より特筆すべき点は、『北北西に進路を取れ』がエンターテインメントとして優れていることだ。つまり、誰に紹介しても面白い。誰が観てもハラハラ・ドキドキできる。かつ、映画として極めて優れている。完成度の高さと面白さをここまで両立できている作品は他にないと言って間違いない。

 

 

 

ブログを書いていて難しいのは、自分にとってのオモシロイ、必ずしも読者にとってオモシロイ、ではないことだ。

カメラの使い方が面白い、独特な作品があったとする。赤宮はCanted Angleが大好物なのだが、その面白さをどうやって言葉で伝えればいいのか。カメラを傾けて撮っているだけ。確かに観て不安になる、あるいはワクワクするかもしれないが、その作品を観ていないブログ読者に、その面白さを伝えることは難しい。

「ヌルヌル動く」アニメーションはワクワクする、神作画だ、と言いたくなるけれど、神作画であることについて、自分の心がどのように動いたか、その感動そのものを伝えることは難しい。

もちろん言葉を尽くして、ありのままに感じたことを綴ることはできる。だがそれは果たして映画の紹介だろうか? 読んでくれた人たちが、その映画を見よう、と思ってもらう動機になりうるだろうか?それは単なるポエムになってしまうのではないか、と感じてしまう。

ポエムでいいという考え方もあるだろう。しかし、もともと伝えることを仕事にしていて、客観的に物事を見て、それでいて魅力を伝えるのが自分の持ち味だ。

ブログであるからといって、感想を述べるだけの場所にはできない。せっかくアクセスしてくれたのだから、何か一つ持って帰ってもらいたい。今度NetflixAmazon Prime Videoを開いた時に、そういえば赤宮があんな映画を紹介してたなと思ってもらいたい。そういう文章でありたい、否、そうでなければならないと思っている。

 

 

 

閑話休題

北北西に進路を取れ』が素晴らしいのは、その魅力を語り尽くし、言葉を使って他人に紹介できるところだ。

なぜ、それが可能なのか? それは、ヒッチコックという偉大な監督が、作品の始まりから終わりまで、一瞬も妥協することなく映画作品を作り続けているからだ。

 

 

 

オープニングシーンを観てもらいたい。


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もう、センスの塊である。

バーナード・ハーマンの音楽に合わせてライオンが唸り、グリーンバックの背景に差し込む形で、奥行きのある格子模様がスッ…と描かれる。キャスト一覧は格子模様に合わせて行き交い、音楽が進むにつれてゆっくりと格子模様が高層ビルに置き換わる。そう、格子模様はビルにずらりならぶ窓を撮影したものだったのだ! 空想で描いた幾何学的な模様が、実は身の回りに存在していることを意識させられてしまう。窓ガラスにはニューヨークの街を走る車が映り込む。そして流れるように場面は転換し、人混みを映していく。

もう、完璧である。この動画だけで多分100回は観ている。

 

 

 

オープニングで流れたメインテーマはその後も思わぬシーンで使用され、『北北西に進路を取れ』を象徴するテーマソングとなっている。最初に聞こえた音楽に特別感があると、「この作品は特別なんだ」という気持ちになってしまうものだ。ヒッチコックは他の作品でも非常にオープニングの使い方が上手いが、『北北西に進路を取れ』はその中でも1、2番を争う出来だろう。

 

 

 

そして現れる主人公、ケーリー・グラント演じるロジャー・ソーンヒル。当時既に50代半ばだが、年齢を全く感じさせない色男である。とにかく女性にもてる二枚目だが、重度のマザコンで2回の離婚歴がある問題児だ。よくよく聞いてみると彼の発言の節々には「母」を意識したものが多く、単なるヒーローではないことがすぐに分かる。

ヒッチコックの作品の特徴は、主人公たちが性格や価値観に何らかの問題を持っていることだ。のぞき見大好きな『裏窓』のジェフ、メンタル面が弱すぎる『レベッカ』のレベッカ。『ロープ』のブラントンはニーチェの理論を証明するために人殺しまでするとんでもない男だ。とにかく一筋縄ではいかない人物が主人公になる。

だが彼や彼女たちは、欠点があっても観客の共感を得てしまうような人物ばかりだ。考えてみれば、私たちの周りにも居ないだろうか。とんでもない欠点、性格上の問題点を持っているにも関わらず、どうしても付き合いを辞められない問題児。飲みに誘われるとついつい同行してしまう友人。別れてからもついつい会ってしまう恋人。いつもお金を無心してくる親戚。

ヒッチコックはこの辺りの「愛すべきダメ人間」を主人公に据えるのが非常に上手い。『北北西に進路を取れ』で主役を務めたケーリー・グラントはハリウッドを代表する二枚目俳優だが、実はとても扱いが難しい人物でもある。イケメンすぎる、いい男すぎるがゆえに、観客の妬みを買ってしまうからだ。ヒッチコックはその匙加減が抜群に上手い。ケーリー・グラントに「マザコン」という要素を足すと、彼がいくら美女をたらしこもうと、なぜか共感できる、「残念な側」の人間であると感じられてしまうわけだ。

 

 

 

そんな主人公ロジャーを相手にするイヴ(エヴァ・マリー・セイント)も難しい人物だ。見た目麗しい20代の美女*1で、ロジャーを誘惑し物語をかき乱す。言葉遣いが上手で会話が好きな女性で、あらゆる葛藤を一人で引き受けていたことが後に明らかになる。

脇役のキャラもいい。悪役のヴァンダムもいいが、個人的にはヴァンダムの手下のレナードが好きだ。上司と手下という関係以上の感情を抱いているように見え、エヴァに嫉妬し、もやもやした鬱憤をロジャーやエヴァにぶつけようとする。登場シーンこそ少ないが存在感は大きい。クライマックスの彼のシーンは何度観ても惚れ惚れする演技だ。

 

 

 

まだまだ語りたいところは多いのだが、ネタバレ防止ということもあるので、『北北西に進路を取れ』の最も素晴らしいところに触れて終わりにしよう。

ヒッチコックはなぜサスペンスを追求したのか。彼はかつて、フランソワ・トリュフォーとの対談で、「サスペンスとサプライズの違い」について以下のように語った。

(『Hitchcock/Truffaut』より。和訳して引用)

 

「私たちの目の前のテーブルの下に時限爆弾が仕掛けられていたとしよう。しかし、観客も私たちもそのことを知らない。突然、爆弾が爆発する。観客は不意をつかれてびっくりする。これがサプライズだ。サプライズの前には平凡なシーンが描かれただけだ」

「では、サスペンスが生まれるシチュエーションはどんなものか。観客はまずテーブルの下に爆弾がだれかに仕掛けられたことを知っている。爆弾は午後一時に爆発する、そして今はその十五分前であることを観客は知らされている」

「(すると)つまらないふたりの会話がたちまち生きてくる。なぜなら、観客が完全にこのシーンに参加するからだ。スクリーンの人物たちに向かって、『そんなばかな話をのんびりしているときじゃないぞ!爆発するぞ!』と言ってやりたくなるからだ」

「結論としては、できるだけ観客には状況を知らせるべきだということだ。サプライズをひねって用いる場合、つまり思いがけない結末が話の頂点になっている場合をのぞけば、観客にはなるべく事実を知らせておくほうがサスペンスを高めるのだよ」

 

ヒッチコックのサスペンスの真骨頂は情報量のコントロールにある。

北北西に進路を取れ』では、開始から約40分が経過したシーンで、ある極めて重要な「種明かし」が挿入される。極度のネタバレなので詳細は避けるが、それを演出するかしないかで、その後の物語の性質が大きく変わってしまうものだ。にもかかわらず、ヒッチコックはあっさりと秘密を教えてしまう。物語全体で最も大切であったかもしれない謎を、本来ならありえないタイミングで教えてしまう。

それが最も面白いからだ、とヒッチコックは知っている。あるいは、それが最もサスペンス――観客の不安と緊張を煽るもの――を高めるからだとヒッチコックは知っている。『北北西に進路を取れ』はともすれば単なる探偵物語だったかもしれない。それがたった数分の「種明かし」を挿入しただけで、並ぶもののない傑作へと開花したのだ。

 

 

 

そしてさらに驚くべきことに、この「種明かし」に並ぶようなサスペンスの数々が、『北北西に進路を取れ』には多数込められている。観客の心を揺らし、不安を煽り、緊張感を高めることに全てを捧げた巨匠の、磨き上げたサスペンス技術の数々が、この作品には込められている。

 

 

 

紛うことなき傑作である。

2021/09/04

*1:設定上は20代なのだが、エヴァ・マリー・セイントは当時30代後半!全く感じさせないのがすごい