日刊映画日記

赤宮です。楽しく映画を語ります。ネタバレは少なめ。

ザ・ヴァンパイア ~残酷な牙を持つ少女~/A Girl Walks Home Alone at Night(2014年)

ザ・ヴァンパイア ~残酷な牙を持つ少女~/A Girl Walks Home Alone at Night(2014年)監督:アナ・リリー・アミールポアー 


A Girl Walks Home Alone at Night (2014) - Official Trailer [HD]

イランのゴーストタウン、「バッド・シティ」。道を歩けばゴロツキに出くわし、そこらで娼婦が歩きまわっている。そんな劣悪な環境の中で、アラーシュ(アラーシュ・マランディ)は勤勉に働き、ヘロイン中毒の父親を看病していた。しかし息子の思いを裏切るように、父親はクスリと女のために借金を重ねる。借金取りは執拗に二人を追い込み、借金のカタとして、アラーシュの愛車が奪われることになってしまった。

場面は変わって、夜のバッド・シティ。ボーダー柄のシャツをラフに着て、黒いヴェールを身にまとった美しく、無表情な女性(シェリア・ヴァンド)が、夜の街を一人歩いていく。そこに通りかかったのは、アラーシュの車を奪ったあの借金取り。彼女を軽く引っかけて、自分の家に連れ込んだ。相変わらず冷たい顔をした彼女と、いよいよやる気たっぷりの彼。軽妙な音楽が部屋中に鳴り響いていた。…

 

2014年のスリラー映画、『ザ・ヴァンパイア ~残酷な牙を持つ少女~(以下、『ザ・ヴァンパイア』と表記)』。邦題でモロバレなのだが、ヴァンパイア映画である。

がっつりネタバレたっぷりやないか。

全編ペルシア語、白黒映像で制作されたこの映画は、スリラー映画ではあるもののストーリー性が高く、単なるビックリドッキリ映画では決してない。確かに、申し訳程度にヴァンパイアが人を襲うシーンなどはあるものの、基本的にはヴァンパイアとしての自分に思い悩む少女の姿や、ゴーストタウンで苦しみながら愛し合う少年少女たちの姿を描いた、ストーリー重視の作品だ。

後述する邦題の問題を除けば、『ザ・ヴァンパイア』は非常によくできた作品となっている。この作品はイランの架空のゴーストタウンを扱っており、監督はイラン系アメリカ人だ。しかし彼女はイランを訪れたことはないらしい。そうした一種のちぐはぐさは作品全体に面白い影響をもたらしており、イランを扱った作品でありながら、いわゆる中東らしい雰囲気がほとんどない。

監督にとって、自分のルーツでありながら、自分にとって祖国ではないイランを描くというのは、アイデンティティと向き合う上でも重要な問題だったのだろう。その意気込みもあって、この作品には馴染みがあるようで馴染みがない、なんだか独特な空気が流れている。監督の試みは成功しているといえるだろう。

 

王道ながら先の読めないストーリー展開も素晴らしい。モンスターと人間の間に生まれる恋愛関係というのは、古今様々な作品で扱われてきたテーマではあるが、『ザ・ヴァンパイア』ではその関係に緊張感を持たせることに成功している。

考えてみれば、人間を襲っているモンスターが特定の誰かにだけ手を出さない、というのは変な話で、その誰かを襲わないのであれば、それ相応の理由付けが必要なはずなのだ。

しかし、『ザ・ヴァンパイア』ではその設定を逆手にとり、あえてモンスターを無口かつ無表情に保っている。モンスターと人間に関係性こそ生まれるが、それがなぜ生まれたのか、なぜ崩壊しないのか、というのは曖昧にしか説明されない。曖昧である以上、観客はいつかこの関係が崩壊するかもしれない、という緊張に常にさらされることになる。言い換えれば、この説明不足こそがストーリー展開にサスペンスを与え続けているのだ。

 

映像づくりも非常に巧妙で、ワイドスクリーンの左右を広く使ったロングショットで、登場人物たちの位置関係を丁寧に描写している点には舌を巻く。全編白黒映像で作られた硬派な色使いも、バッド・シティの退廃ぶり、街に漂う不気味さをうまく示すことに成功している。

そしてなにより、全編にわたって重要な役割を果たす音楽も良い。レコードやカセットテープ、今や歴史の産物となってしまったものから流れるアナログな音楽も、この映画を単なるスリラー映画を超えたストーリー性を持たせることに貢献していると言えるだろう。

 

ただ、邦題については、問題がありすぎる。『A Girl Walks Home Alone at Night』という原題は、直訳すれば『少女は夜に一人歩いて帰る』。ヴァンパイア要素は前面に押し出されていない。公式トレーラー(文頭に付けた予告編)でも、ヴァンパイアの存在を匂わせる程度に留まっており、少なくとも初見ではその存在を確信できないだろう。

監督からすれば、この映画におけるヴァンパイヤ要素は隠しておきたかったものなのではないか。ざっと見れば分かる通り、この作品は「ヴァンパイア」を描くのではなく、「ヴァンパイアとして生きる少女」を描く作品なのだ。

『ザ・ヴァンパイア ~残酷な牙を持つ少女~』などという邦題は、こうした意図を全くと言っていいほど汲めていない。それどころか、監督の意図した方向と別のところに観客の期待を導いている。ネタバレを嫌う「日刊映画日記」の趣旨からしても、この邦題には少々理解しかねるところがある。

なによりダサい。

 

とはいえ、総評すると、かなり良い作品だ。スリラー映画として最低限のホラー要素を保ちつつ、王道の興隆物語をも描くという、重厚なストーリーを展開することに成功している。スリラー映画、恋愛映画のどちらとしてみても、特に目立つ欠点がない。退廃的な世界観で描かれる、緊張感のある恋愛模様は、誰がみても心惹かれるものだろう。週末の夜、ツタヤかアマゾンでレンタルして、恋人と見るにはイチオシの映画だ。

もう一度言うが、邦題のダメさ加減が惜しすぎる。本来は、ヴァンパイアが登場するなど思いもよらずに見始めるべき映画だ*1。そして『ザ・ヴァンパイア』などといったセンスのないタイトルでは、動いたはずの食指が動かなくなってしまうだろう。

とてもジャケ借りしたくはないタイトルだろうが、騙されたと思って鑑賞してほしい。

ザ・ヴァンパイア~残酷な牙を持つ少女~ [DVD]

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 (ポスターもカッコイイ、内容も良い…こういった映画が、邦題一発でダメになってしまうのは、あまりにも悲しい。)

2017/10/28

*1:ちなみに、赤宮は英語版で見たので、ネタバレを気にせず鑑賞できた