日刊映画日記

赤宮です。楽しく映画を語ります。ネタバレは少なめ。

シティ・オブ・ゴースツ/City of Ghosts(2017年)

シティ・オブ・ゴースツ/City of Ghosts(2017年)監督:マシュー・ハイネマン


City of Ghosts - Official Trailer I HD I IFC Films & Amazon Studios

シリアのダッカで殺戮を繰り返すISに対し、「ペンで戦争する」集団、RBSSを描いたドキュメンタリー。

特別言うところもない、平凡極まりない街だった、シリアのラッカ。しかし、民主化運動による混乱、その後のISによる占拠が、ラッカに住む人びとに地獄をもたらしていく。ISの教義に従い、ラッカの街並みが黒々と塗られ、元の生活は失われてしまった。街中を少し歩けば、処刑された人間の首が晒し物にされている。中央広場に行けば、ISへの反逆者が処刑されている場面に遭遇する。

こうした惨状が、ラッカの外に伝わることはない。ラッカに続く道では検問が行われており、ジャーナリストの立ち入りは厳しく取り締まられているからだ。その意味で、ラッカは静かに殺戮されている(Raqqa is Being Slaughtered Silently)。しかし誰かがこの惨状を訴えなければ、ISよりも強い存在の力を借りなければ、ラッカに平凡な生活は帰ってこない。ラッカの若者たちは、RBSS(Raqqa is Being Slaughtered Silently)という市民ジャーナリスト組織を設立し、各々が命懸けの取材活動、発信活動を行っていく。

RBSSはごく少数の、普通の若者たちから組織された団体だが、プロのジャーナリストの指導の下、急速に影響力を拡大していく。ラッカを脱出してドイツやトルコで発信する若者たちと、ラッカで情報を収集する協力者たちは、頻繁に情報交換を行い、RBSSはラッカの惨状をもっとも早く伝えるメディアとして、ISの実情を告発していく。

だが、RBSSが注目を集めるにつれ、ISはRBSSに対して実力行使で攻撃を行うようになる。RBSSのメンバーが一人、また一人処刑され、やがてその手は彼らの家族にまで及んでいく。更には、欧州における移民迫害が加熱し、RBSSのメンバーたちが滞在していたドイツも、安全な場所とは呼べなくなっていく。しかし、精神的に極限状態に至りながらも、RBSSは決して発信をやめることはない。「私たちが勝つか。それとも、奴らが私たちを皆殺しにするか。そのどちらかだ」…

 

 

 

赤宮は、就職活動を通じて、たびたびジャーナリスト界隈の人びとと交流していた。それは現場の記者であったり、ジャーナリスト志望の学生であったりするのだが、そういう人たちとの話だと、大抵「ジャーナリズムとは」という話題が上がることが多い。とはいえ、抽象的な議論をするわけではない。例えば、貧困に苦しむ子どもたちに思いを馳せ、それをどうやって世の中に問題提起するかを考える。東日本大震災の被災者の現在に関心を抱いて、改めてその問題を忘れないようにするために必要な要素を考える。こういった形で、あるべきジャーナリズムについて色々思いを巡らせたりするわけだ。

とはいえ、結論を導くわけではない。大抵ダラダラ喋って終わってしまう。しかし、こうした議論をしていると、自分が賢くなったような錯覚を起こすことがある。その錯覚を何度か繰り返すと、一端のメディア人にでもなったかのような考え方で、「ジャーナリズムの理想は〜」だとか語ってしまう。ニュース番組を見たり新聞を読んだりする際に、「ジャーナリズムの理想的には〜」みたいな斜に構えた見方でものを考えてしまう。我ながら反省すべきものだと思う。

 

『シティ・オブ・ゴースツ』は、そんな気楽な思い上がりを、正面からぶち壊す作品だ。

作中、RBSSのメンバーたちは、報道する意義だとか、発信する理由だとかいったものを語ることはない。故郷をISが占拠していて、自分たちの平凡な生活を奪われてしまって、自分と家族と友人とが危険に晒されている。彼らはただ、故郷の平和のため、発信が必要だから、発信している、それだけだ。もっと言えば、彼らは生きるために発信している。RBSSのメンバーの言葉を引けば、「俺たちはペンで戦争している」。これを言い換えれば、「自分たちの命を守るためにはペンしかない」。そこに理想が差し挟まる余地はない。差し迫った危険に対する、圧倒的な現実のみが存在する。

だからこそ、RBSSのメンバーたちは、ありとあらゆる手段でラッカの情報を収集し、極秘裏にプロパガンダ活動を行う。RBSSのメンバーが発信した映像の多くは隠しカメラで撮影されている。撮影された映像は、メンバーの身の安全のため、あるいはメッセージ性を強化するために、RBSSの手によって修正が行われている。こうした手法は、ジャーナリズムの理想といったものを念頭に置くなら、褒められたものではないかもしれない。

しかし、RBSSにとって、ISは戦争で抹殺すべき敵なのだ。手段を選んでいては自分が殺される。家族は既に殺された。手段は問わない。全てのメンバーが、全精力を振り絞って、国際社会からISに制裁が与えられるよう、必死でISによるラッカの惨状を訴える。彼らはペンで、相手を破滅させようとしている。

 

『シティ・オブ・ゴースツ』は、ジャーナリズムの原点を示す作品だ。ある強大な敵が私たちの身を脅かした時、私たちは武力を以て対抗することはできない。しかし、そこでペンを用いて闘うことができる。もしペンを握り、敵を告発するのなら、その瞬間からあなたの命は危険にさらされることになるだろう。

幸運にも、日本のメディアの日常で、命を賭ける必要性はあまり無い。そこでは理想を追求する喜びを堪能できるかもしれない。しかし、ジャーナリズムには、理想で片付かない世界が確かにある。その痛みを心から実感させられる、そんな作品だった。

First Screams of Rbss

First Screams of Rbss

  • アーティスト: Jackson Greenberg & H. Scott Salinas
  • 出版社/メーカー: Lakeshore Records
  • 発売日: 2017/07/21
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2017/10/13