日刊映画日記

赤宮です。楽しく映画を語ります。ネタバレは少なめ。

恋愛小説家/As Good as it Gets(1997年)

恋愛小説家/As Good as it Gets(1997年)監督:ジェームズ・L・ブルックス

 

完璧な男ではないけれど


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メルヴィン(ジャック・ニコルソン)はマンハッタンに住むベストセラー小説家。小説では女心を見事に表現するのだが、実際の彼は偏屈でとっつきにくい中年男性だ。極度の潔癖症、いつも同じ店で同じ食事、道路のへりを踏まないなど、自分のルールを絶対に譲らない。そして思ったことをすぐに口にしてしまう皮肉屋でもあり、その毒舌は隣人や仕事相手らをいつも怒らせていた。

ある日、隣人のサイモン(グレッグ・ギニア)が強盗に襲われ、重傷を負ってしまう。メルヴィンは成り行きで、サイモンの飼い犬バーデルを預かることになってしまった。潔癖症でペット嫌いのメルヴィンだったが、バーデルと触れ合いその可愛さに魅了されていく。そして犬の話題がきっかけとなり、レストランのウェイトレス、キャロル(ヘレン・ハント)とも親しく話すようになる。…

 

 

 

『恋愛小説家』は1997年制作のアメリカ映画で、主演は名優ジャック・ニコルソン強迫性障害を持つ中年男性とシングルマザーの不器用な恋愛を描いた作品で、繊細な台詞回しと穏やかな物語性で評価を集めた。ジャック・ニコルソンと相手役のヘレン・ハントは、本作で1997年のアカデミー主演男優賞・女優賞を獲得している。

 

 

 

とまあ、いつもの流れに沿ってあらすじと概要を話してみたが、この作品は「見ないと伝わらない」映画だ。劇的な事件も壮大なCG処理も存在しない、正統派のドラマ作品だ。とはいえ単に見ろ見ろというだけでは日刊映画日記を書く意味がない。

実際に『恋愛小説家』を見れば、開始直後からインパクトあるシーンの数々に驚くはずだ。隣人の飼い犬に尿を引っ掛けられたメルヴィン、なんと激怒して犬をダスト・シュートに放り込んでしまう(!)。犬を探す隣人には悪びれるどころか暴言を浴びせまくる始末。オープニングシーンの行動はことごとく破天荒で、作品を見る者すべての共感を跳ね飛ばす勢いだ。

メルヴィンがレストランにいってもその振る舞いは変わらず、先客をテーブルから追い出し、持参したプラスチックの食器で食事し、いつもと同じメニューを注文する。マンハッタンで小説家として活動するあたり才能ある作家であることはわかるものの、それぞれの行動はやはり奇妙で、主人公ながら共感しづらい人物として提示されている。

 

 

 

しかし、そんなメルヴィンにも転機が訪れる。隣人の飼い犬を預かったことだ。初めのうちはいやいや世話をしていたが、ピアノの演奏や散歩で心の交流が深まり、隣人が退院する頃には犬のバーデルを溺愛するようになっている(かつてダスト・シュートに捨てた犬なのに!)。そして隣人に犬を返す前日、メルヴィンは別れを惜しんで一人涙を流す。これまで共感の対象でなかったメルヴィンが、観客にとって「分かるわ…」と同情を得る瞬間だ。

 

 

 

世間に馴染めない不器用な中年男は、可愛い犬、バーデルというきっかけで変化した。成長を期待されていなかった主人公は、犬の飼い主であるサイモンや、ウェイトレスのキャロルとも交流を始める。

 

 

 

けれども、言葉を理解できない犬のバーデルとは異なり、サイモンやキャロルたちは生身の人間だ。

知性があり、頭が良いがゆえに、切れ味鋭い皮肉を思いついてしまうメルヴィンは、その後も自分の言葉で多くの人々を傷つけてしまう。中でも彼が思いを寄せるキャロルは、投げかけられた言葉に素直に傷つき、正しく怒る純粋な女性だ。

 

 

 

あなたの周りにも居ないだろうか。学歴が良かったり、いい会社に勤めていたりして、頭の回転がとても速い友人。物事の本質をがぶりと掴むことができて、自分の思いをすぐに口にしてしまう友人。悩み事を相談すると、一足とびに解決策を提示してしまって、それを実現しないあなたは馬鹿だねと微笑む恋人。

頭が良くて不器用な人間はどうしようもないところもあるけれど、メルヴィンが悩み、悲しんでいるように、彼や彼女らは案外、家に帰ってから一人で黙って反省している。ときには「どうしてあんなことを言ったのだろう」と、周りが想像している以上に一人で猛烈に後悔している。

 

 

 

犬のバーデルとの交流で自身の性格を改めたように、一見すると破天荒なメルヴィンには、人に愛されたい、よりよい人間になりたいという思いがある。オープニングで破天荒だった人柄は物語が進むにつれて薄れていく。完璧でないことを認め、周囲と少しずつ向き合おうとする等身大の中年男性の姿が、そこにある。

 

 

 

“You make me want to be a better man.”

「君のおかげで、もっとましな人間になりたくなったんだ」

 

 

 

恋愛小説家としての言葉遣いが、素直な気持ちと結びついた瞬間だ。

 

2021/08/23