日刊映画日記

赤宮です。楽しく映画を語ります。ネタバレは少なめ。

バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)/ Birdman or (The Unexpected Virtue of Ignorance) (2014年)

バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)/ Birdman or (The Unexpected Virtue of Ignorance) (2014年)監督:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ

 

ワンカットがもたらす時間感覚の崩壊


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かつてハリウッド映画『バードマン』で一斉を風靡した老齢の俳優リーガン(マイケル・キートン)。以降はヒット作に恵まれず、20年が経過した現在は私生活も仕事もうまくいかない。妻とはすでに離婚し、娘は薬物中毒に苦しんでいる。当のリーガン自身も、自らの分身である「バードマン」、つまり心の声に嘲られる幻聴に苦しんでいた。

再起を期してブロードウェイに進出するリーガンだが、理解者であるジェイク( ザック・ガリフィアナキス)を含め、リーガンの成功を本気で信じているようには思えない。負傷した俳優の代役として起用したマイク(エドワート・ノートン)はトラブル続き、他の出演者たちともそれぞれトラブルを抱える。「アーティスト」の理想と「落ちぶれた有名俳優」である自分とのギャップに苦しむリーガンは、「バードマン」の声に抗いながら、舞台の本番に向けて準備を進めていく。…

 

 

 

バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』は2014年公開のアメリカ映画で、監督は『21グラム』『バベル』のアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ。以前当ブログでも『バベル』を取り上げたことがあるが、主観と客観のズレ、文化間のディスコミュニケーションなど、人間の繊細なやりとりを描くことに定評がある監督だ。

監督がメキシコ出身ということもあり、ハリウッド・ブロードウェイをとことん批判する内容を含んでいるが、『バードマン』は2014年のアカデミー賞で作品賞など4部門を受賞。虚実が入り混じり、とことん練り込んだ物語構成は、批評家や一般観客を含めあらゆる観客を虜にした。

 

 

 

『バードマン』で最も有名なのは「全編ワンカット」だろう。実際には「全編ワンカットに見える」というのが正しいのだが、長回しと編集技術を駆使し、まるですべての撮影を一度に終えているような印象を与える。継ぎ目なくなめらかに進む映像は観客の集中力を保ち、次の展開、次の展開へと興味をひきつけていく。

撮影監督を担当したのは『ゼロ・グラビティ』でも撮影を担当したエマニュエル・ルベツキ。同作でも宇宙空間のシーンを多く撮影したが、その技術は『バードマン』でもふんだんに生かされている。ちなみに同作でアカデミー撮影賞を受賞している。

 

 

 

ただし、『全編ワンカット』に挑戦した作品はそれなりにある。古くはヒッチコックの『ロープ』が殺人事件をめぐる犯人と探偵役のやり取りを全編ワンカット(に見える)方式で展開している。近年では2019年の『1917 命をかけた伝令』も大規模な戦争シーンをワンカットで描いたことで話題を集めた。

これらと比べて『バードマン』が素晴らしいのは、「全編ワンカット」という構成を単なる技術自慢に留めず、作品全体の雰囲気と極めてうまくマッチさせている点だ。

 

 

 

先に触れたとおり、『バードマン』は虚実入り交じった作品だ。主人公の現実と妄想が特に説明なく交互に展開し、一つの会話が終わったと思うと、次の瞬間には時間が飛び、全く違う会話が始まっている。現実と虚構の境目は薄く、ある場面と次の場面での時間の境目すら取り払う。

『バードマン』はワンカットで異なる時間の場面を撮影してしまう。主人公とプロデューサーが口喧嘩をした場面からカメラが動くと、そこにはマスコミの取材を受ける主人公の姿がある。私たちが数十秒の同じ映像を見ている間に、作品の中では数十分から数時間経過している。

こうした時間の移動は通常、編集技術によって、つまり映像をカットして転換することによって実現するわけだが、『バードマン』はあえて同じ映像のままシームレスに時間を移動する。観客は「いつのまにか時間が経過している」感覚に襲われる。

私たちの感覚には、数十秒経過すれば、画面の中でも数十秒経過しているはずだという常識が存在する。それが『バードマン』では覆されてしまうわけだ。

 

 

 

この時間のズレが、観客の持つ時間や現実の感覚をどんどん揺らしてしまう。「バードマン」と語る主人公は妄想に苦しんでいるはずだけど、果たして本当にそれは妄想の存在なのか?主人公はメソッド演技法でレイモンド・カーヴァーの作品に没入しているはずだけれども、彼の人生はどこまでが真実で、どこまでが演技なのだろうか?

『バードマン』はラストシーンで賛否が大きく分かれた作品だが、私自身はあのエンディングにおおいに納得している。というより、あのエンディングしかないだろう、とすら感じる。

 

 

 

『バードマン』はハリウッド大作としての体裁を保ちつつ、見るものの心を揺さぶる芸術性を備えた傑作だと思う。

 

2021/8/24