日刊映画日記

赤宮です。楽しく映画を語ります。ネタバレは少なめ。

野火/Fires on the Plain(2015年)

野火/Fires on the Plain(2015年)監督:塚本晋也

(ネタバレ防止のため、予告編は終わりに回しました)

 

 

食べたのか。

 

太平洋戦争末期のフィリピン・レイテ島。田村一等兵塚本晋也)は肺炎を患ったため、静養するべくジャングルを歩いて野戦病院に向かう。そこに待っていたのは、前線で深い傷を負いながらも、あちらこちらで放置される重症軍人の数々だった。看護兵は田村からなけなしの食料を奪うと、肺炎程度で休んでいる暇はないと追い返してしまう。

田村は、仕方なく、野戦病院の近くで野宿を始める。しかしそこに、突如敵軍の戦闘機が来襲し、部隊と病院は全滅、田村は部隊ただ一人の生き残りになってしまう。もはやこのジャングルに、田村の居場所はなかった。腹が減り、喉が乾いた。灼熱の大地の上に寝そべって、来るべき死を受け入れようとする。…

 

 

 

とある友人のアドバイスを受け、最近の映画記事では、「タイトル」として、記事の最初に一文設けることにしている。この「タイトル」というのがとてもむずかしい。核心的なネタバレに触れないようにしつつ、それをなんとか匂わせ、映画の核心に向かってみたいという感情をかきたてる、そういった絶妙なバランス感が求められているように思う。良い訓練になる。

そして今回の記事、『野火』では「食べたのか。」というタイトルを掲げておいた。ぱっと見た感じでは、何のことだかわからないだろう。しかし、この作品全体を貫く言葉として、「食べたのか。」よりも強い一文は思い浮かばない。この映画を見るにあたっては、この一文を胸の片隅においた上で鑑賞を始めてほしい。

 

塚本晋也監督の『野火』は2011年の作品で、大岡昇平による同名の小説を原作とした戦争映画だ。太平洋戦争終盤、フィリピンのレイテ島で戦争に従事し、極限状態の下で生きる人間の姿を生々しく描いている。塚本晋也監督については、先日『鉄男』を取り上げたばかりだ。

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『野火』を特徴づける要素は、映像のテンポの速さと、プロットの進行速度の平凡さだ。

『鉄男』についての記事で、塚本監督が比較的短い時間のショットや早回しを多用し、短時間で莫大な情報量を伝達することを述べた。今回の『野火』でも、そうした短いショットが多用されており、一つ一つの映像のテンポはとても速い。そのそれぞれに、レイテ島前線の生々しい現実がいやというほど示されており、見ていて心がギュッと締まるところがある。

ただ、『鉄男』と比べると、プロットの進行速度が特別早いというわけでもない。決して遅いというわけではないが、言ってしまえば平凡である。塚本監督自ら演じる田村一等兵が軍隊から孤立し、そこから様々な困難に出くわしていく90分のストーリーは、90分の時間をふんだんに使ってじっくりと語られている。

『鉄男』で見たような、「70分で本来語り尽くせる数倍の時間分のストーリーを語り尽くす」といったことが、『野火』では行われていないわけだ。

 

この「平凡な進行速度で語られるプロット」は、「テンポの速い映像」を通じて、そのプロットが本来持つより以上の奥行きをもって語られることになる。

『鉄男』が「70分で本来語り尽くせる数倍の時間分のストーリーを語り尽くす」作品ならば、『野火』は、「90分で本来語り尽くせる数倍の空間のストーリーを語り尽くす」作品だ。

『野火』におけるテンポの速さは、時間的な速さを意図したものではない。短いショットの切り替えで多くの場面を素早く切り取ることで、一点に集中したショットよりも広がりをもった、幅広い現実を切り取ることを目指しているのだろう。

例を挙げると、中盤、田村一等兵たちが丘を乗り越えるべく、匍匐前進を進めていくシーンがある。このシーンでは、ある一点を皮切りに、それまで田村の主観とクローズ・アップを中心に構成されていた映像が、途端にありとあらゆる視点から撮影されたものに置き換わっていく。一つ一つの映像は衝撃的で、とても目を覆わずにはいられない。しかし覆ってしまえば、素早いテンポで進む映像は散歩四歩先に進んでしまうだろう。目をそむけてはいけない。戦場の前線をおぞましい形で、四方八方から切り取った映像の数々は、田村一人の世界を超え、兵隊たちそれぞれの一瞬を切り出すことに成功している。

 

以上のような映像、そしてプロット的な特徴が、『野火』の根底に位置づけられるテーマを力強く支えている。

神は何を見ているのか、極限状態の中で倫理は生きているのか。そして、

 

 

 

食べたのか。 

野火

野火

 

 

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2017/11/25