日刊映画日記

赤宮です。楽しく映画を語ります。ネタバレは少なめ。

鉄男(1989年)

鉄男(1989年)監督:塚本晋也

www.youtube.comある朝男(田口トモロヲ)は顔を洗っている時、左の頬骨に小さな金属片のようなものが飛び出していることに気がつく。おそるおそる指先で触れてみると、あまりの鋭さに血が吹き出てしまった。ひとまず大きめの絆創膏を貼り、男は会社に向かう。

電車に揺られていると、なんだか気分が悪くなってきた。ようやく電車を降りたものの、違和感が止まらずホームのベンチにもたれかかってしまった。じわりと滲むような汗を垂れ流しながら、呼吸を整えようと息をつく。

男の傍らには、眼鏡を付けた平凡な女(叶岡伸)が座っていた。男に注意を向けることはなかったが、どうやら彼女は左手に違和感を覚えているようで、ひどく不快そうな表情を浮かべている。彼女は右手で小さな木片を持ち、痒いところを掻くような手ぶりで、木片を左手に当てた。

不快感が治まったのか、男は落ち着いた表情を浮かべ、周りを見回す。その視線の先には、眼鏡をかけた女が座っていた。彼女もまた、先ほどうってかわって落ち着いた表情を浮かべている。しかしその左手には。…

 

凄い作品と出会ってしまった、というのが本日の感想である。赤宮の動悸は未だ治まっていない。

『鉄男』は1989年制作の日本のスリラー映画であり、監督は塚本晋也、主演は田口トモロヲ。情報はこれだけでいい。

 

 

ストーリーは、平凡なサラリーマンの左の頬に芽生えた「小さな金属片」を巡って進んでいく。彼はふとした出来事から金属片に出会ってしまい、金属片に苦しみ、金属片で戦っていく。特撮映像が多く用いられており、どこかシリアスなヒーロー物をみているような気分になる。(そもそもが怪人もの、つまり『ウルトラQ』の延長線上にあるともいえるので、ヒーロー物と共通点があるのは当然かも知れない)

 

この映画が赤宮に動悸をもたらしているのはなぜか。それは、70分強という短い作品でありながら、情報の圧縮や映像の転換を用いてその数倍のボリュームを実現することに成功しているからだ。今回の記事では、そうしたボリュームをもたらした『鉄男』の編集技法を見ていこう。

 

まず、情報の圧縮だが、『鉄男』では、早回しを用いて、各場面が与える時間間隔を早めることに成功している。キャラクターたちの移動シーン、アクションシーン、後述するモンタージュに至るまで、各ショットを惜しみなく早回しし、各シーンが恐ろしく早い速度で観客の前に提示される。なんてことのない街中をただ移動するシーンは、本来あまり多くの情報を提供するものではない。しかし、こうした早回しを行うことで、10秒の情報を1秒、ひいては10分の情報を1分で提供することができる。観客はあまりにも多く与えられる情報にただただ困惑するしかない。両目が、そして脳が情報を解釈しようとしているうちに、ストーリーはどんどん進行していく。それに置いていかれないよう精一杯努力しているうちに、観客はいつの間にか物語に没入していく仕組みになっている。

 

高速で進むストーリーについて、「観客が理解を諦めるかもしれない」と考える人も居るだろう。しかし、心配は無用だ。『鉄男』のプロットは強いサスペンスによって支えられており、観客がどうしてもストーリーを追いたくなるように仕掛けられている。駅で主人公が走るシーン、主人公が恋人と交わるシーン、いたるところでサスペンスの罠が仕掛けられていて、それに一度引っかかってしまえば、次の展開がどうしても気になってしまうことだろう。あなたは必死で『鉄男』のプロットを追っていくに違いない。

 

そして映像の転換だ。塚本監督は、モンタージュと呼ばれる編集技法を用いて、互いに関係のない映像を交互に転換させていく。悶え苦しむ主人公の姿が映ったかと思えば、次の瞬間には怪しげな場所で息を荒げる男の姿。その合間には蒸気をあげて動き続けるだけの機械の姿。今度は初めて登場するホームレス。一見関連のない映像どうしを、『鉄男』は音楽や映像の連続性を用いて一つの映像作品として仕立て上げてしまう。観客はスクリーンを見て困惑するだろう。さっきまで映っていた主人公の姿はどこかにいってしまって、見たこともないホームレスの姿が映っているのだから。しかし他方で、観客はなんとなく映像の中に一貫性を見出してしまう。その結果、膨大な、多種多様な映像を観客は目の当たりにし、ストーリーの本筋にとどまらない膨大な数の映像を目にすることになるのだ。

 

早回しは時間の観点から情報を圧縮し、映像の転換は場所の観点から情報を圧縮する。本来なら70分では扱えきれないはずの情報量を、『鉄男』はいともたやすく観客の前に提示する。そして観客は、意図せずして膨大な情報を脳みそに流し込まれることになる。

そしてさらに素晴らしいのが、硬派な映画でありつつも、爆笑をかっさらう要素を見事に埋め込んでいる点だ。これは見てもらうしかない。いや、ほんとうに爆笑ものである。

 

さて、赤宮は未だ興奮が治まっていない。映画の鑑賞でここまでショックを受けたのはちょっと初めての経験だ。

70分という短い作品なので、強く勧めたい。数時間分の体験ができるはずだ。

2017/11/10