日刊映画日記

赤宮です。楽しく映画を語ります。ネタバレは少なめ。

抵抗(レジスタンス)−死刑囚の手記より−/Un condamné à mort s'est échappé ou Le vent souffle où il veut(1956年)

抵抗(レジスタンス)−死刑囚の手記より−/Un condamné à mort s'est échappé ou Le vent souffle où il veut(1956年)監督:ロベール・ブレッソン


Mozart's Great Mass in C Minor- Kyrie in "A Man Escaped"

1943年。フランス人将校フォンテーヌ(フランソワ・ルテリエ)は、ドイツ軍に逮捕、投獄され、その後死刑を宣告される。死刑執行までの僅かな時間、フォンテーヌは全身全霊を打ち込んで脱獄の準備を進める。食器のスプーンで監獄の扉を削り、部屋の毛布を刻んで網を作り、他の死刑囚たちと情報を交換する。周囲からの信頼を獲得し、脱獄準備を終えつつあったフォンテーヌ。しかし突然、フォンテーヌの独居房に、新たにジョストという少年が投獄されることになった。…

『抵抗(レジスタンス)−死刑囚の手記より−』(以下、『抵抗』と表記)は、フランスの巨匠ブレッソンの初期の作品の一つだ。この時代のフランス映画によく見られた、ナチスドイツの脅威とそれに「抵抗」するフランス人たちの姿が描かれている。

『抵抗』の物語の筋は至極単純なもので、ドイツ軍に捕まって死刑を宣告されたフランス人将校が、脱獄を目指して苦闘するというものだ。主人公のフォンテーヌは囚人仲間たちと相互に交流し、助け合い、命の危機が迫る中で必死に脱獄の準備を進める。
物語自体も確かに面白いが、『抵抗』の真の面白みは別の部分にあると言って良いだろう。それは「音」である。

音を活かした映画として、「日刊映画日記」では以前『レディ・マクベス』を紹介した。『レディ・マクベス』は沈黙を主としつつ、要所でBGMを挟むことで音楽の効果を最大化することに成功した作品だ。その点で、『抵抗』にも近い魅力が存在する。全体として生活音を基調とした静かな音響でありながら、時にモーツァルトの壮大な音楽が流れ、そのシーンの訴求力を増大させている。

しかし、『抵抗』における音使いは、単にBGMの良さなどという点では語り尽くせないものだ。主人公フォンテーヌによる「解説」、そしてオフ・スクリーンから聞こえる音の数々といった音の要素たちが、『抵抗』を空間的に広がりを持った作品にすることに成功している。

 

まず、主人公フォンテーヌによる「解説」。作中全編を通じて、その時点で起こっている会話や事件などについて、フォンテーヌによる「解説」が挿入される。これは作中より未来の時間軸から挿入されたものであるとみられ、この「解説」によって、フォンテーヌが一人黙々と行う脱獄準備の意図や、他人に対して抱いている印象を適切に把握することができる。

『抵抗』では時間軸に沿って物語が配置されており、現在に起こったことの後に過去の出来事が映されたり、未来の出来事を先取りして映したりといった編集は行われていない。にもかかわらず、フォンテーヌの「解説」のみが、理路整然と並べられた物語の時間軸を悠々と飛び越える。未来から物語を解説するフォンテーヌは、その時自分が何を考えていたか、本当は何が起こっていたのか、自分の知識の範囲で知っている。観客は、現在のフォンテーヌを取り巻く環境を目にしながら、当の本人の「解説」によってその意図や背景を理解するという、一風変わった映画体験を味わうことになるのだ。

 

そして、オフ・スクリーンの音の使い方の上手さ。フォンテーヌを中心として物語が進むことから、大部分のショットがフォンテーヌのミドル・クローズアップ・ショットによって撮影される。カメラが撮影できる領域には限界があるから、必然的にフレームの外で起こっている出来事は、観客の想像に委ねられることになる。

『抵抗』は、こうした想像を掻き立てるのが抜群に上手い。フォンテーヌが頭を抱えるシーンで、突然どこかで銃声が響く音が聞こえる。もちろん、何が起こっているのか、映像として描写されることはない。しかしスクリーンの外側から聞こえる銃声を聞けば、観客の頭に浮かぶのは銃殺刑のシーンだろう。遠くからバタバタと足音が響けば、誰かがこちらに向かって走ってくるシーンを想像するだろう。このように、『抵抗』は音の作用によって、オフ・スクリーン、つまり場面に描写されていないものを、観客に想像させるよう仕掛け続けていくのだ。

 

終盤に至っても、フォンテーヌを巡る解説や、オフ・スクリーンを使ったサスペンス描写はとどまるところを知らない。『抵抗』は、シンプルな筋書きでありながら、音の効果を最大限に利用し、観客を手玉に取る、そんな作品である。

抵抗-死刑囚の手記より- [DVD]

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 2017/10/23