日刊映画日記

赤宮です。楽しく映画を語ります。ネタバレは少なめ。

浪華悲歌(1936年)

浪華悲歌(1936年)監督:溝口健二

 

f:id:spinthemashroom:20170921094716j:plain

山田五十鈴が美しい)

 

昭和初期の大阪。主人公は、とある製薬会社で、電話交換手として働いている。父は会社の金を使い込み、兄は大学の学費や支度金を用意できない。一家が金銭的に苦しい状態にあるなか、主人公は勤め先の社長から、愛人契約を持ちかけられる。想い人の存在もあり、主人公はその申し出を毅然と断る。だが、その後も家族の生活は好転しない。借金取りがやってくる。父親は隠れて出てこない。

そんな状況に不満を募らせていた頃、些細な出来事から、主人公は父親と喧嘩する。いきおい家を飛び出す主人公。彼女は、かつて愛人契約を持ちかけてきた、あの社長のアパートで生活を始めることになった。…

 

日本映画の講義で、毎回解説役を任されている。アメリカ人ばかりのゼミでは、日本人の所作の一つ一つに、理解できないところが多いらしい。「どうして今うつむいたのか」だとか、「なぜ彼らは目を合わせないのか」だとか、そういう質問が飛んでくる。自分が1人で見ている分には、気にもかけない場面で、彼らは「どうしてこういう仕草をするのか」と訪ねてくる。なるほど、これは日本人だけでは学べない。自国文化を他者の視点から見直す重要性をひしひしと感じる。

 

「浪華悲歌(ロマンエレジー)」は、昭和初期の大阪を舞台にした作品だ。溝口健二のこの作品を持って、「映画」が始まった、と称する声もある。それまでの日本映画は、歌舞伎、能といった伝統文化を、最新技術で映像にしてみました、という程度のものだったと言われる。「浪華悲歌」以前の映画の魅力は、「新奇性」にあった。他の媒体でもできることを、映画でもできるようになったんですよ。劇場に行かなくても、歌舞伎だとかチャンバラを楽しめますよ、ということだ。それなら劇場に行けという話になる。

こうした視点から「浪華悲歌」を見てみると、何とも生々しい。大阪弁を使う登場人物たちの話しぶりの軽さと、その内容の重苦しさのギャップが、どうしようもなく心に突き刺さる。

実を言うと、この作品を振り返るのは少し苦しいところがある。大阪育ちの赤宮にとっては、大阪弁で話し、苦しみを味わう主人公たちを見ていると、なんとも悲しい気分になってくるのだ。主人公一家を見ていると、姉妹は女学校へ、兄は大学に通っており、決して貧困家庭であるとはいいきれない。そんな彼らが、ほんの少しのボタンの掛け違いで、すれ違っていくのをみると、どうも他人ごとでは済まされないような気がしてくる。

 

様々な苦しみを経て、すべてを失った主人公は、ある種吹っ切れた表情を浮かべ、自分が不良少女であると自嘲する。そして夜の橋の上を颯爽と歩いて行く。

吹っ切れてくれて、本当によかった、と思った。

 

浪華悲歌 [DVD]

浪華悲歌 [DVD]

 

 

2017/9/20