日刊映画日記

赤宮です。楽しく映画を語ります。ネタバレは少なめ。

ドゥ・ザ・ライト・シング/Do the right thing(1989年)

ドゥ・ザ・ライト・シング/Do the right thing(1989年)監督:スパイク・リー

 


DO THE RIGHT THING (1989) Trailer

ニューヨークのブルックリン、黒人街にて、ピザ屋を営むイタリア系アメリカ人家族。店主サルは、25年もの間、黒人コミュニティの中で単身ピザ屋を経営してきた。地域の住民たちは、みなサルのピザを食べて育った。2人の息子とともにピザ屋をやっていくことに生きがいを感じている。
そんなサルのピザ屋で働いているのが、主人公ムーキーだ。彼は、自分の子供の面倒を見ないだとか、仕事をほっぽりだして道草を食ってしまうだとか、色々と問題のある人間ではあるが、その愛嬌からみんなに愛されている。街を歩けば愉快な友人たちに声をかけられ、平穏ながらも毎日楽しく過ごしている。
そんなムーキーの周りには、愉快な仲間たちがたくさんいる。その一人、バギン・アウトが、サルのピザ屋へのボイコット活動を始めようと言い出した。サルは自分の店の壁に著名なイタリア系アメリカ人の写真を沢山飾っている。どうやら、バギン・アウトはそこに黒人の写真がないことが気に入らないらしい。しかし、人びとは彼の言葉に耳を貸そうとはしない。美味しいサルのピザを食べないなんてありえない、と人びとは笑う。
ある晩、閉店後のサルの店に、バギン・アウトとその仲間がやってきた。その中には、以前店内で爆音を響かせて注意を受けた、ラジオ・ラヒームの姿もあった。挑発を続けるバギン・アウトと仲間たち。サル一家の表情は険しくなり、今にも爆発しようとしている。サルがバットを手に取った。…

 


ドゥ・ザ・ライト・シング』の特筆すべき点は、そのカメラワークの上手さにあると言える。ウィスコンシン大学マディソン校の講義では、『ドゥ・ザ・ライト・シング』こそがカメラワークの教科書であるとはっきり断言されていた。教授があまりにも強く言い切るものだから、赤宮もすぐに鑑賞したわけだが、なるほど納得なのである。
本作品の撮影では、本当にありとあらゆる角度、高さ、傾斜、その他もろもろの撮影技法が用いられている。しかも無闇に技法を用いているわけではなく、その一つ一つにしっかりと役割が与えられている。
中でも圧巻なのは、開幕すぐのサミュエル・L・ジャクソン演じるラジオDJをクローズアップで捉え、その後カメラをクレーン移動させて超ロングショットまで運んでいくシーン。滑らかに移っていく視点が心地よくて、ついつい先が気になってしまう。まだ場面設定さえ明らかになっていない段階で、これだけ観客に期待を持たせる映画もなかなか無いように思う。
そう、この映画は技法で魅せる映画なのである。

 

だからこそ、問題なのだ。
ありとあらゆる技法を駆使して繰り広げられる映像を、ケラケラ笑っている間に、観客はいつの間にか、『ドゥ・ザ・ライト・シング』の沼にハマっていってしまう。前半部分では、愉快な黒人コミュニティの日常を見て、ケラケラと笑っていることだろう。しかし、いつの間にか雲行きが怪しくなる。観客は、劇中での些細な出来事の積み重ね、上がり続ける街の気温、人びとの持つ心の鬱憤、そういうものを薄々感じつつも、鑑賞をやめることが出来ない。そして気がつけば、監督スパイク・リーの仕掛けた、あの壮絶なラストシークエンスへと辿り着くことになってしまう。

ドゥ・ザ・ライト・シング』は人種差別と人種間対立を正面から扱った映画だ。その結末はかなりの論争を巻き起こしたという。
スパイク・リーは、この映画の展開を通じて、自らの提示したテーマを突きつけることに成功している。軽い気持ちで見始めて、コメディで笑っているうちに、いつの間にか観客は人種差別やその対立という難題と向き合わざるをえなくなるのだ。いつの間にか自分を画面の中に没入させ、その問題を考えざるを得ない状況に追い込まれるのだ。

しかし赤宮は、これが果たして良いことなのだろうか、と思う。
笑いを通じて、コミカルな撮影技法を通じて、面白おかしく観客を楽しませているうちに、いつのまにか、観客が難題に向き合わせられる。おそらく、帰りながら「笑いに来たけど、思った以上に考えさせられる映画だった」といった感想を述べるのだろう。果たしてそれは手放しで褒められるべきことなのか?

先日レビューした『Birthright』で、赤宮は「映画としてのつまらなさ」を理由に、そのメッセージ性を評価しつつも、映画として酷評した。しかし、いざ「映画として面白い」、メッセージ性の強い作品を見ると、それはそれで良くないことではないかと思うのだ。
笑いにきた、楽しみにきたはずの映画が、いつの間にか、人びとの問題意識を刺激し、観客は深刻な面持ちを浮かべて映画館を後にする。これは果たして観客が望んだ映画体験なのだろうか?
赤宮の中に、未だその答えは出ていない。
ただひとつ言えるとすれば、『ドゥ・ザ・ライト・シング』は、抜群の撮影技法とユーモアを備え、映画として極めて強いメッセージを持つ、一度は見ておくべき作品だということだろう。

 

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2017/9/25