日刊映画日記

赤宮です。楽しく映画を語ります。ネタバレは少なめ。

心中天網島/Double Suicide(1969年)

心中天網島/Double Suicide(1969年)監督:篠田正浩

 

映画は黒子を描けるか?


A perfect shot by Masahiro Shinoda

大阪で紙屋を営む治兵衛(中村吉右衛門)は、近頃仕事を放り出しては曽根先新地に通ってばかり。お目当ては遊女の小春(岩下志麻)で、次兵衛と小春の深い仲はもはや公然の秘密となっていた。治兵衛は小春の身請けを約束したが、貧乏な紙屋の治兵衛には、そのために必要な金銭を用意することができなかった。あれこれ言ううち、いつの間にか2年が経ち、二人はうまくいかない現状に焦るばかり。一緒に死のうか、そんな言葉が自然に出るようになっていた。

ある日、小春が曽根先の宿屋で仕事を始めてみると、今日のお客さんはどうやらお侍さん。上品な着物を身にまとい、屋敷から抜け出てきたという立派な侍(滝田裕介)を前に、小春はついつい不安な心情を吐き出してしまう。侍はその言葉の一つ一つを温かく受け入れ、小春への援助を申し出る。彼女は侍の態度に心打たれたようで、死にたくはない、次兵衛と一緒に死ぬのはゴメンだと泣き叫ぶ。しかし、ちょうどその時、治兵衛が宿屋の前を通りかかっていた…

 

 

 

心中天網島』は意欲に満ちた作品だ。開幕早々、なにやら現代的な電話越しの打合せが始まったかと思うと、勢いの良いタイトルコールが始まり、舞台は一気に近世の大坂に飛ぶ。どうやらこれは時代劇なのかな、と思いながら見ていると、突然主人公以外の時間が止まってしまったり、黒装束、黒頭巾に身を包んだ男たちが、まるで舞台を駆け回るようにせせこましく右に左に有るきまわったりしている。主人公たちはどうやら遊郭でお遊びを嗜んでいるようなのだが、舞台はどこか抽象的で、とても建物の中とも思えない。どこか異様な空間が続いていく。

 

こうした奇妙な世界観を理解するためには、『心中天網島』が近松門左衛門作、人形浄瑠璃の傑作であることを知っておく必要があるだろう。なるほど、その作品が舞台を前提とした作品であること、人形劇であることがわかっていれば、それを映画に持ち込んだこの作品の奇妙さが、そうした背景に由来していることが分かってくる。

黒装束と黒頭巾の男たちは、舞台でいう「黒子」だし、彼らが舞台を駆け回り、椅子やら服やらを動かしまわる姿は、人形劇でよく見るあの動きだ。舞台装置の抽象性も、演劇における舞台装置の中途半端さ、想像力を煽るあの形状を考えれば理解できる。

篠田監督による『心中天網島』は、近松門左衛門人形浄瑠璃の魅力を残しつつ映像化に取り組もうとした作品だ。もちろん、俳優は実在する役者を使っているし、作中で人形が出てくる素振りもない。ロケーション撮影も多用され、全ての演技が舞台装置の上で完結するわけでもない。

言ってしまえば、近松門左衛門のいいとこ取りをしながら、一方でしっかりと映画的エッセンスを加えた作品。それがこの『心中天網島』であると評価することができるだろう。

 

こうした実験的要素がふんだんに盛り込まれているにも関わらず、『心中天網島』は、心憎いくらいに面白い作品だ。「心中物」特有の男と女の悲恋、内面の欲望と社会のルールの間でもがき苦しむ人びとの姿、いわゆる時代劇の王道中の王道。演出の面であれだけ冒険しているにもかかわらず、ストーリーの面では全くといっていいほど冒険性がない、かなりカッチリとした作品に仕上がっている。

 

かねてより赤宮は「王道と実験の絶妙なバランス」が名作の条件だと考えているが、『心中天網島』はまさにそうしたバランスを実現している作品だ。他の映画では到底お目にかかれない映像の作り方、それによって演出される馴染み深いストーリー。プロットも殆ど近松の原作を踏襲しており、ぼんやりと見ているだけでスッと頭に入ってくる、誰にでも理解しやすいものだ。

 

アヴァンギャルド的な実験映画も面白いが、実験だけに特化した作品というのは、どうも人に勧めにくいものだ。しかし困ったことに、そうした実験性こそが映画の醍醐味であることも否めない。名作小説があったとして、それを忠実に映像化するだけでは映画の意味がない。どこかで少し冒険していてほしいという気持ちがある。しかし、冒険されすぎると置いてけぼりにされてしまう。名作映画には、実験と王道のバランスを保っていてほしいと思う。

 

演出とストーリーの面ばかり語ってしまったが、俳優やテーマの面からも語るべきところがたくさんある作品だ。中村吉右衛門は伝統の名にふさわしい完璧な時代劇主人公を演じているし、二人のヒロインを演じる岩下志麻はどちらの姿でも信じられないほどに美しい。また、最終的に主人公たちが辿り着く結末は時代劇の王道ではあるが、おそらく篠田監督の判断により、当時の世情を反映したリアリスティックな結論が示されている。美しいだけでは終わらない、生臭い現実の姿がそこにはある。

心中天網島 [DVD]

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2017/11/28