日刊映画日記

赤宮です。楽しく映画を語ります。ネタバレは少なめ。

砂の女/The Woman in the Dunes(1964年)

砂の女/The Woman in the Dunes(1964年)監督:勅使河原宏

 

原作と比べるとザラつきは少ないが、十分名作

 

www.youtube.com

東京で教師をしている仁木(岡田英次)は、休暇を取ってとある砂丘にやってきた。誰も訪れないへんぴな土地にやってきたのは、昆虫を探すため。新種の昆虫を見つけ、図鑑に自分の名前が載ることが、仁木のささやかな目標だ。一面砂漠のような土地をぶらぶら歩いては、見つけた昆虫にピンを刺して採集する。あっというまに、時が過ぎていく。

そこに通りかかったのは、地元の者らしい、一人の男(三井弘次)。砂場を歩き回る仁木をあやしく思ったらしいが、彼が教師と知るやいなや、態度をころりと変える。親切にも、あたりも暗くなってきたことだし、今晩は村で一泊していきませんか、という。仁木は思わぬ申し出を快く受け入れる。促されるままに男の後ろをついていき、縄梯子を下ると、そこはどうやら砂の窪地、砂漠にポカンと開いた穴のような空間だ。そして、今にも崩れそうな一軒家が目の前にあった。家の中には、気の弱そうな女が一人。砂掻き、砂よけ、僅かな水…砂に囲まれた環境に困惑しつつも、やがて仁木は眠りにつく。

翌朝。女のもてなしに感謝しつつ、仁木は家を後にする。昨晩使った縄梯子を使おう…とするが、どうもその姿が見当たらない。そこは砂の窪地だった。縄梯子がなければ、上に戻ることができない。あたりの壁に掴みかかり、なんとかして這い上がろうとするも、砂の壁は崩れるばかりだ。仁木は気付いた、嵌められた。…

 

 

 

一時期、周りに脱出ゲームを作る友人が多く居たこともあり、密室モノの作品(『ソウ』とか)をよく見ていたことがある。なんらかの要因(大抵は理不尽なもの)によって閉じ込められてしまった主人公が、なんとかして脱出を図る姿に共感し、面白いなぁ、と素朴に見ていたものだ。

そんな赤宮が衝撃を受けたのは、安部公房砂の女』。ザラザラした質感をもったおぞましい文体と、社会の中心と周辺の間の溝のようなもの、それらが自然と人口が入り交じった密室の中でまざまざと表現されていることに、恐ろしさを感じてしまって、それからというもの、密室モノの作品を観れなくなってしまった。

 

今回取り上げた『砂の女』は、そうした安部公房砂の女』をシネマティックな映像作品としてリメイクしたものだ。「映画化」という言葉はおそらく適切でない。脚本をなんと原作者安部公房本人が務め、監督にはいけばな草月流の家元としても有名な勅使河原宏。単に「原作を忠実に映画化」することを超え、映像として『砂の女』を作るならこうだろう、と、原作のコンセプトから再構成したハイレベルな作品に仕立て上げることに成功している。

 

興味深いのが、原作では間違いなく中心に据えられていた「砂」という存在が、映画では中心から少しずれたところに置かれている印象を受けるところだ。

安部公房の精妙な筆致により、原作では一粒の内側が見えるくらい細かく描かれていた砂の描写は、映画ではあくまでサラサラとした集団としての砂にとどまっている。

おそらくこれは安部公房本人による意図的な変更だろう。代わりに深掘りされて描かれるのは、主人公仁木と女の間の関係性だ。文章では描けない表情の変わりぶり、一振りの所作、これらが砂粒と交わりながらザラザラとした質感を持って描写されている。

 

こうした変更により、残念なことに、原作で味わえるあの「砂」の質感、読んでいて口の中がザラついてくるあの感覚は、映画には見られない。しかしそのかわりに、映画『砂の女』では、原作では控えめに描写されていた人間関係を色濃く描くことで、主人公がなぜ砂の穴でもがき苦しみ、にもかかわらずどうして最後にあのような選択に至ったのか、そういった過程が読み取りやすくなるよう構成されている。

 

安部公房本人が語るところによると、映画の『砂の女』には、原作でやり残した部分を完結させるという意味合いがあったそうだ。こうした視点を踏まえると、映画と原作における違いは、両者の優劣を決めるものではなく、むしろ互いを補完して一つの『砂の女』を作り上げるのだ、と読み取るべきなのかもしれない。

 

また、残念というべきなのかは知らないが、映画形式の観点からは、それほど目立った手法は導入されていない。強いて挙げるとするなら砂の描写だろうが、これも原作と比べられてしまうために手放しで褒められるものではない。技法的には良くも悪くもオーソドックスな作品だ。

 

ある文学作品を、原作者自ら脚本を執筆して映画作品としてリメイクし、かつ高い完成度を誇っているというのも珍しい。

文学と映画との繋がり、その違いを考える意味でとても興味深い作品だ。原作と映画、両方の鑑賞をぜひおすすめしたい。

砂の女 (新潮文庫)

砂の女 (新潮文庫)

 
勅使河原宏の世界 DVDコレクション

勅使河原宏の世界 DVDコレクション

 

 2017/11/27