日刊映画日記

赤宮です。楽しく映画を語ります。ネタバレは少なめ。

ムーンライズ・キングダム/Moonrise Kingdom(2012年)

ムーンライズ・キングダム/Moonrise Kingdom(2012年)監督:ウェス・アンダーソン

 

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1960年代、自然豊かなニューペンザンス島。両親を亡くし、里親に引き取られた12歳のサム(ジャレッド・ギルマン)は、ささいなことから喧嘩してばかりの問題児。カーキ・スカウト活動でも仲間とうまくやることができない。そんな彼の楽しみは、教会で出会った女の子スージー(カーラ・ヘイワード)と文通をすること。彼女もまた、家族のなかに居場所を見いだせなくて、ちょっとした理由からカッとなってしまう問題児。二人の問題児は手紙を通じて仲を深め、互いを拠り所とするようになっていく。

ある朝、カーキ・スカウトのウォード隊長(エドワード・ノートン)が点呼を行うが、その中にどうもサムの姿が見えない。他のスカウトとともに彼のテントを訪れると、なんと彼はテントの裏側に穴を開け、スカウトから脱走していた。調査を進めると、どうも空気銃や多くの物資が持ち出されている。問題児のサムに関わりたくないと感じつつも、スカウトの少年たちは彼の捜索を始める。

一方その頃、島のお金持ち、ビショップ家のスージーは、日曜学校に行くと言って家を出たところだった。しかし彼女は学校行きのバスには乗らず、緑が生い茂る原っぱの方に足を進める。心地いい風邪が吹き抜ける草原を歩いていくと、遠くの方から1人の少年がやってきた。サムだ。幼い2人の逃避行が始まる。

 

 

 

ムーンライズ・キングダム』は2012年の作品で、監督はウェス・アンダーソン(『グランド・ブタペスト・ホテル』)。アンダーソン監督らしい群像劇で、彼の次回作『グランド・ブタペスト・ホテル』に繋がる画面のシンメトリー構成や滑らかなカメラワーク、どこかおとぎ話じみた調子など、率直にいってかなり気持ちの良い作品に仕上がっている。

 

そう、『ムーンライズ・キングダム』は、見ていて気持ちのいい作品だ。実のところ、プロットの内容自体はかなり重いところが多いのだが、画面構成や演出の力のおかげで、見ていて重さを感じることはほとんどない。テーマとしては思春期によくある問題や、家族関係や孤独に起因する圧迫感を取り扱っているので、ややもすれば重苦しい作品になってもおかしくない。画面の美しさやポップさが作品へのとっつきにくさを取り払い、万人受けと深刻なテーマを両立させると偉業を達成させている。

というわけで、難しいことは考えず、ひとまず映像を楽しんでほしい。赤宮個人の意見ではあるが、現在活躍する監督の中で、ウェス・アンダーソン監督ほど美しい画面構成、快適な映像を作ることができる監督は存在しない。映像を見ているうちに、いつの間にか難しいテーマについて考えることもあるだろうが、何はさておき彼の作品の魅力は映像だ。

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この、高台から双眼鏡を覗いているスージーの姿は、2010年代の映画の中で最も美しいワンシーンの一つに挙げられるだろう。病的までに左右対称性にこだわった画面構成、そして一歩間違えれば奇妙にしか写らない一つ一つの色使いをここまで組み上げるセンス、どこをとっても一級品だ*1

 

こうした青春らしいワンシーンが、ストーリー上は決して快くないシーンである、ということもまた味わい深い。スージーが双眼鏡を覗く姿は快活で美しいが、彼女が双眼鏡を通じて見ているものは、彼女の価値観や世界観を揺るがす大変な出来事だ。詳しくは本編を見てほしいが、こうした美しいシーンを使って、決して美しくないストーリーを語る、こうしたバランス感覚もアンダーソン監督の持ち味だろう。

 

『グランド・ブタペスト・ホテル』の成功もあり、今後の作品にも注目が集まっているアンダーソン監督だが、その成功のエッセンスは彼の過去作にももちろん存在している。

技法の面では面白おかしく美しく、内容の面では真剣苦しく悩ましく。『ムーンライズ・キングダム』、味わい深い名作として長く語り継がれる映画になるだろう。

 

 2017/11/23

*1:ちなみに、デイヴィッド・ボードウェルは、『Firm Art』11版の表紙にて、このシーンを採用している https://www.amazon.co.jp/Film-Art-Introduction-David-Bordwell-ebook/dp/B01AAYZVBI/ref=sr_1_3?ie=UTF8&qid=1511621641&sr=8-3&keywords=bordwell