日刊映画日記

赤宮です。楽しく映画を語ります。ネタバレは少なめ。

恋する惑星/重慶森林(1994年)

恋する惑星/重慶森林(1994年)監督:ウォン・カーウァイ

2時間後。あなたは『恋する惑星』から離れられなくなる。

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5月1日がやってきた。警官223号(金城武)の目の前には30個のパイン缶がずらり並んでいる。彼はどこか吹っ切れた表情で缶詰を開いて、パイン缶30個分のパイナップルをむしゃむしゃと食べ始める。食べ終わっても気が晴れないので、223号は行きつけのバー・カルフォルニアに足を運ぶ。トイレで食べすぎたパイナップルを吐き出して、恋人にフラれたやるせなさを感じながらウィスキーを一杯注文する。酒を飲んでもやはり気は晴れない。人恋しさを感じたのか、223号は次に店に入ってきた女性に声をかけることを決める。そして次に入ってきたのは、妖艶な雰囲気をまとった謎の美女(ブリジット・ジン)だった。…

一方、警官663号(トニー・レオン)は、最近スチュワーデスの彼女にフラれ、ぬいぐるみや家具に話しかけて寂しさを誤魔化している。そんな彼だったが、行きつけの飲食店、ミッドナイト・エクスプレスの新入り店員フェイ(フェイ・ウォン)とひょんなことから顔見知りになり…

 

 

 

恋する惑星』は1994年に公開された、オシャレでスタイリッシュな香港映画だ。金城武トニー・レオンらの出世作として知られ、1990年代に生きる二組の男女、彼らの不器用な恋愛を丁寧に描いた作品だ。男性目線から見れば「あー、失恋あるあるだ」と苦笑せずにはいられないだろうし、女性から見れば「あー、やるやる」と、これまた苦笑せずにはいられないシーンが全編に散りばめられている。加えて、キャラクターたちに感情移入しやすいよう映画形式が工夫されているため、ついつい観客も、彼らに自分を重ね合わせてしまうこと請け合いだ。今回の記事では、「なぜ、私たちは『恋する惑星』に感情移入するのか」について考えてみよう。

 

ストーリーは互いに独立した二つのエピソードから成り、「バー・カルフォルニア」「ミッドナイト・エクスプレス」といった舞台の共通点はあるものの、両者が互いに影響を及ぼしあう、といった展開は存在しない。

ただ、エピソードのプロットは類似している。「失恋のショックに苦しむ警官が、ふとしたきっかけから美しい女性と知り合い、立ち直るきっかけを得る」というものだ。現れる女性のタイプが真逆であることを除けば、『恋する惑星』の前半と後半のエピソードはかなり類似したものであるとも言える。

 

また『恋する惑星』の主要な4人のキャラクターたちは、互いにオーバーラップしないよう慎重に形作られている。金城武演じる警官223号は「残念だが誠実なイケメン」、トニー・レオンの警官663号は「軟派だが落ち込んでいるイケメン」。謎の美女は「怪しげな雰囲気だが無防備な美女」そして新入り店員フェイは「明るく天真爛漫だが秘密を抱えている美女」。こうして並べてみると、丁寧にキャラクターの性質が重ならないよう配慮されていることが分かる。どんなにひねくれた見方をしようと、4人のうち誰か1人くらいには魅力を感じてしまうだろう。

 

こうした魅力的なストーリーとキャラクターに感情移入させるのが、映画形式の役目だ。

この『恋する惑星』で顕著なのは、キャラクターたちによるモノローグの使い方だろう。ほとんど脈絡なく挿入されるキャラクターたちによるモノローグは、ストーリーの展開から言うとあまり必要ないものなのだが、これによってわかりづらいキャラクターの内心がわかりやすく伝わるようになっている。観客はこうしたモノローグを通じてシーンの理解を深め、キャラクターたちの心情に深く踏み入ることができる。

しかしニクいのが、観客が一番知りたい情報、「どうして○○したの?」であるとか、「そこで○○を考えていたの?」といった、ストーリーの核心に関わる部分に限って、モノローグが「あえて」用いられていない。些細な出来事についてはあれだけ詳細なモノローグの説明が与えられていたにも関わらず、観客が一番知りたい情報について、『恋する惑星』は与えてくれない。

普段散々情報を与えておきながら、一番大切な部分でだけ「与えない」。『恋する惑星』のこうしたやり方は、劇中で全てを語り尽くすよりもずっと強く観客を映画世界に引きつけることに成功するだろう。この映画は、最近よくある「あえてエンディングを見せない」といった形式を採用するわけではない。登場人物たちはしっかりとそれぞれのエンディングに辿り着く。しかし、どうしてそこにたどり着いてしまったのか、が明らかにされないのだ。知らなくても結末は分かるけれども、一番知りたいところ…それがわからない。むずむずする。鑑賞し終わった後も「どうなったんだろう…」と考えてしまう。

 

恋愛映画は、基本的に作中世界でエンディングを迎えなければ作品として完結しない。それゆえ、王道路線を採用するなら、恋愛映画で秘密を残し、結末を観客に委ねる終わり方というのが、なんとも採用し難いところがある。しかし『恋する惑星』は、モノローグを使って情報量を操作することで、エンディングを迎えつつ秘密を残すことに成功している。

恋する惑星』は、王道ストーリーと魅力的なキャラクターを展開しつつ、心憎いモノローグの使い方で観客の心を鷲掴みにしてしまう。そして一旦掴まれてしまうと、鑑賞後も『恋する惑星』のことで頭がいっぱいになってしまうに違いない。

恋する惑星 (字幕版)

恋する惑星 (字幕版)

 

2017/11/12