日刊映画日記

赤宮です。楽しく映画を語ります。ネタバレは少なめ。

秋刀魚の味(1962年)

秋刀魚の味(1962年)監督:小津安二郎


『秋刀魚の味』予告編

ごく平凡なサラリーマンとして日々を過ごす周平(笠智衆)は、年頃の娘の路子(岩下志麻)と和夫(三上真一郎)と三人で和やかに暮らしている。早くに妻を亡くしたこともあって、家のことは路子に任せっきりだ。

最近、周平の旧友の河合(中村伸郎)が、路子にぴったりの相手が居るんだ、と見合い話を持ちかけてきた。けれど、周平にとっても路子にとっても、お嫁に行くというのはどこかしっくりこない。周平から見れば路子はまだまだ幼い子供だし、路子からすると結婚はまだ早いようにも感じられる。

そんな折、周平たちは学生時代の恩師「ひょうたん」(東野英治郎)を交えてクラス会を開いた。思い出話に花が咲き、ついつい酔いつぶれてしまった「ひょうたん」を、周平と河合は家まで送っていく。かつての恩師は、現在はラーメン屋を営んでいるようだった。そして、家の軒先に着いたところで、「ひょうたん」の一人娘が迎えに来た。周平と同じく早くに妻を亡くした「ひょうたん」は、ついつい娘を手放せず、彼女はとうに婚期を逃してしまっていた。酔いつぶれて情けない「ひょうたん」と、父に対する不快感を露わにする娘の姿の中に、周平は将来の自分たちを見るような気分を覚えてしまう。…

 

小津安二郎の遺作であり、当時の松竹スター勢揃いとなった作品。娘を嫁にやらないといけない義務感と、そうすることで生まれる孤独への恐怖との間で揺れ動く父と、その気持ちを察している娘との間での、どこか不器用な関係性を描いている。『晩春』などでも見られた父娘の関係を扱った作品であり、小津が長く向き合ってきたこのテーマを、特に父に焦点に当てて作品化したものとなっている。

このブログでも何度か小津作品を取り上げてきたが、これまで取り上げた作品は白黒時代のものばかりだった。それらと比べると、『秋刀魚の味』というカラー作品は鮮やかで、現代から見ても文字通り色褪せない作品だ。小津が突き詰めてきた幾何学的な美しいミザンセンはそのままに、そこに色彩という要素が加わることで、向かうところ敵なし、といった感じになっている。周平らオジサンたちが酒の場を囲み、ダラダラ話しながら飲んでいるというシーンがある。こう書くと、くたびれたおじさんのイメージしか思い浮かばず、到底「美しさ」なんてものが存在するようには思えないかもしれない。しかし、小津の映像づくりは、こんな場面にすら美しさを与えてしまう。色とりどりの食器、何気ないビール瓶、きちんと整えられたスーツ。一つ一つを取り上げれば大したものではないかもしれない。けれども、それらを緻密な計算の上に配置すると、途方もない美しさを画面に残す結果となる。観客の赤宮としてはただただ驚くしかない。小津スゲェ…と思うしかない。

 

こうした美しい映像を一面として、描かれる物語はいつもどおりの小津安二郎、といった感じだ。高度経済成長を迎え、人びとの生活には大きな変化がもたらされている。アパート暮らしの息子夫婦の家には、電気冷蔵庫、掃除機、炊飯器。日本の復興と繁栄の象徴がところどころに現れている。

だが、経済成長が成し遂げられたからといって、人びとの内面が劇的に変化するわけではない。小津にとって普遍的な問題、家族の関係性という問題は、1920年代であろうと1960年代であろうと共通して存在している。娘の結婚を心配する父と、父の生活を心配する娘。

興味深いのは、小津がこの作品において、自分がかつて作った作品群からしばしば台詞を引用しているという事実だ。最終盤、旧友たちとの間で心情を吐露する周平の台詞には、『晩春』や『東京物語』でも見られたような発言がしばしば見られる。(面白いことに、それらの作品で同じセリフを発したのも笠智衆である)こうしてみると、小津は自分の作品群に何らかの繋がりを見出していたことは間違いない。スターシステムを利用する当時の映画業界の慣習をうまく利用して、これまで小津作品を鑑賞してきた観客に対し、過去に扱ったテーマを他の物語で改めて見直す機会を与えている。

 

別離、孤独、老いといったテーマは、小津作品では何度も扱われてきたものだ。その意味で、『秋刀魚の味』は過去の作品の焼き直しであると見ることも可能かもしれない。

しかし、小津の遺作『秋刀魚の味』を、単なる劣化コピーとしてみなすことはできないだろう。過去の作品と同じテーマを扱っていることは間違いないが、それらの作品を既に鑑賞していたからといって、この作品の味が変わるわけではない。

それどころか、そうした作品群を鑑賞したからこそ、真の意味で『秋刀魚の味』を堪能することになるのだ、と赤宮は言いたい。一通り小津を堪能した後、食わず嫌いせずに是非見てほしい作品、それが『秋刀魚の味』である。

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岩下志麻岡田茉莉子がともに素晴らしく美しいので、それだけでも見る価値があります)

 2017/10/24