日刊映画日記

赤宮です。楽しく映画を語ります。ネタバレは少なめ。

皆殺しの天使/El ángel exterminador(1962年)

皆殺しの天使/El ángel exterminador(1962年)


The Exterminating Angel Trailer

豪奢な邸宅にたくさんの人びとが集まり、ブルジョワらしいパーティが催された。会場の音楽室には美しい音楽が鳴り響き、夜中になっても賑やかなままだ。いつの間にか夜の3時を超え、気がつけば朝の4時を迎えていた。参加者たちは「なぜか」帰る気が起きず、全員がそのまま、音楽室のあちらこちらで眠りについていた。

朝がやってきた。やれやれ、派手なパーティだった、帰らなければならない…はずなのだけど、皆「なぜか」帰る気が起きない。というより、「なぜか」帰れないのだ。音楽室から横の部屋に移ろうとしても、「なぜか」身体が部屋の外に出ようとしない。ドアの鍵がかかっているとか、そういうことではない。一歩踏み出せば部屋の外にでられるはずなのに、「なぜか」、誰一人としてその一歩を踏み出せない。

帰れるはずなのに、帰ることができない。パーティの参加者たちは、何とも奇妙な形で音楽室に閉じ込められてしまう。しかしもちろん、音楽室には水も食料もない。やがて人びとは、「なぜか」抜け出せない音楽室の中で、飢餓と狂気が入り交じる悪夢を味わうことになる。…

 

 

 

英題は『The Exterminating Angel』。原題も英題も格好良いが、邦題の切れ味には敵わない。『皆殺しの天使』という、この何とも言えない魅力を放つタイトルを冠する作品は、そのタイトルに恥じない厚みを持つ名作だ。

 

『皆殺しの天使』は、メキシコ人監督ルイス・ブニュエルによる作品だ。「なぜか」出られない音楽室という奇妙な状況設定と、それに翻弄されるブルジョワジーたちの姿を皮肉めいて描いた作品である。社会から切り離された場所で孤立するという意味では『十五少年漂流記』や『蝿の王』に近いジャンルで、日本人的感覚でいうと楳図かずお漂流教室』や阿部公房『砂の女』のような作品だというとわかりやすいかもしれない。

こうした同ジャンルの作品では、社会からの隔絶の理由付けがしっかりと行われていることが多い。『砂の女』では隔絶の原因として現地の住民たちが存在するし、超常的現象を隔絶の原因とする『漂流教室』でも、その超常的現象が起こった原因については説得力を持った推察がなされている。

しかし、『皆殺しの天使』の特徴は、そもそもの状況設定、「なぜか」音楽室に閉じ込められた、というところに、理由付けや説明が全く行われていないという点にある。文字通り「なぜか」出られないのだ。結果だけが存在している。性質としてはまるで天災のような理不尽なものに近い。カミュの『ペスト』におけるペストの不条理な性質と、人びとによる人工的な監禁という二つの要素を折衷したようなもの、それが『皆殺しの天使』における不条理な監禁だと言えるかもしれない。

こうして行われた状況設定に従って、ブニュエル監督は、主人公たちブルジョワジーに悪戦苦闘させることとなる。誰もが音楽室を「なぜか」出られないけれど、お腹はすくし、喉は渇くし、病気にもなる。作中後半では悪夢に苦しみ、性欲に翻弄され、狂気に至る。そうした極限状態に至るのが、普段澄ました顔をしているブルジョワジーというのが、なんとも皮肉が効いたやり口だ。

おそらくこの映画の着眼点は「なぜか」出れないこと、それ自体にあると見ていいだろう。他の要素も全て状況設定から出発している。この映画では無意味な繰り返し、回収されない伏線が多数存在するのだが、そうした要素は不条理な状況設定によってもたらされたものにすぎず、理由付け、伏線回収の必要など存在しないのだ。「なぜか」出れないことがブルジョワジーにもたらす帰結を、生々しく丹念に追っていく作品、それが『皆殺しの天使』だ。

ただ、以上の説明は一面的な解釈に過ぎない。『皆殺しの天使』を『ペスト』的群像劇として各登場人物に注目して見る視点や、作中登場する宗教的なモチーフの推移からキリスト教的な解釈を試みるのも面白い。動物愛護的な見方すら出来てしまうだろう。

一般に、多面的な見方を許す作品というのは名作となる傾向がある。文学の世界において、未だゲーテの『ファウスト』やドストエフスキーカラマーゾフの兄弟』が読まれ続ける理由があらゆる方面から再解釈できるその奥行の深さであるように、映画においても、多面的な見方を許す作品こそが名作だと評価して間違いないだろう。

歴史に残る偉大な作品であるかどうかはさておき、『皆殺しの天使』が名作の傾向を包含する作品であることは間違いない。機会があればぜひご覧いただきたい作品だ。

 

※あまりにも偶然すぎてびっくりしてるんですが、2017年、およそ36年ぶりに日本での再上映が決定したようです。2017年12月から再上映!*1ネットでの視聴が難しい作品なので、この機会にぜひ御覧ください。

皆殺しの天使 HDマスター [DVD]

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 2017/10/19