日刊映画日記

赤宮です。楽しく映画を語ります。ネタバレは少なめ。

映画クレヨンしんちゃん 襲来!!宇宙人シリリ(2017年)

映画クレヨンしんちゃん 襲来!!宇宙人シリリ(2017年)監督:橋本昌和


『映画クレヨンしんちゃん 襲来!! 宇宙人シリリ』予告

 

宇宙人シリリと出会い、彼の発する「バブバブビーム」で子どもになってしまったひろしとみさえ。元の姿に戻るためには、鹿児島近くに潜伏しているという彼の父親の元に向かう必要があるという。

家族4人、宇宙人1人、犬1匹。新幹線を使って西へ向かっていく野原一家。しかし静岡駅に向かう途中、ふと気を抜いた隙に、ひろしが荷物を奪われてしまう。一家総出で窃盗犯を追いかけるが、子供の身体では追いつけない。お金もスマホも全部失ってしまった。

静岡から、ひろしはヒッチハイクで少しずつ九州に向かっていくことを提案する。ひろしは道路沿いで懸命にボードを掲げるが、なかなか車は停まってくれない。雨もふり始め、野原一家になんとなく険悪なムードが漂う。

そんな中、一台のキャンピングカーが停まってくれた。喜んで乗り込む野原一家。運転手の男はとても親切で、野原一家の事情を詮索することもしない。それどころか自宅に彼らを招待し、豪華な食事も提供してくれることになった。温かいもてなしに感謝する野原一家。しかしみさえは、運転手の男に、どこか怪しげな雰囲気を感じ取っていて…

 

 

劇場版クレヨンしんちゃん、25周年記念作。この『襲来!!宇宙人シリリ』は、劇しん(劇場版クレヨンしんちゃんの略)の中でもかなりの良作として評価できる。

劇しん○○周年記念作品というと、10周年記念の『戦国大合戦』を除き、『歌うケツだけ爆弾』や『オラと宇宙のプリンセス』といった、どこか手放しで評価しにくい作品が多かった。(特に前者の『歌うケツだけ爆弾』は、劇しんとしては先進的な試みの多い作品だったため、「これはクレしんではない」と、ムトウユージ監督共々散々な評価を受けることになっていた。)
橋本昌和監督は三回目の劇しん登板となるが、一作一作着実に実力を伸ばしている。今回ついにその才能を発揮したと言えるだろう。

 

とまあ、熱く語り始めてしまったが、そこにはちゃんと理由がある。赤宮はクレヨンしんちゃん育ちなのだ。

生まれて初めて読んだ漫画はクレヨンしんちゃんだった。毎週金曜日、スイミングスクールの練習が終わってから見るアニメは、赤宮にとって週末の合図だった。毎年家族で見に行く春の劇しんが楽しみだった。思春期を迎えて中二病をこじらせても、なんだかんだで年一回、劇場には足を運んでいた。臼井義人氏の事故死を心から悲しんだ。

そんなものだから、未だにチャンスさえあれば劇しんを見てしまう。ご存知の方も多いと思うが、劇しんは面白い。本郷みつる監督の『ヘンダーランド』、原恵一監督の『オトナ帝国』や『戦国大合戦』、近年であれば高橋渉監督の『ロボとーちゃん』などは、「大人が鑑賞しても面白い」作品として一定の評価を与えられている。

なぜ、劇しんは面白いのか。その大きな強みとしては、どんな舞台設定や物語を描いても、「ありふれた家庭が事件に巻き込まれる」という、観客が共感しやすい展開を描けることが挙げられる。しかも劇しんの場合、観客が事前に「野原一家の平凡な日常」をアニメやら漫画やらで散々見た後だから、作品を始めるにあたって「平凡な日常」を描く必要がない。これは、わりと大きな強みだ。普通の映画で「ありふれた家庭が事件に巻き込まれる」展開を書こうとすれば、まずはじめに平凡な日常場面のシークエンスを設定し、登場人物たちと観客との間に関係性を築く必要がある。劇しんの場合、その辺りの描写を丸ごとカットして、いきなり本題に移ることができるのだ。今回の『襲来!!宇宙人シリリ』でも、日常描写は数分も存在しない。ほんの少し野原一家の会話があるだけで、いきなり宇宙船が野原家に墜落する。単発モノの映画だとこれはできない。

加えて、クレしん自体が「家族愛」や「夫婦愛」「友情」といった普遍的なテーマがつながりやすい点も強調しなければならない。劇しんでは、例外なくこれらのテーマのうちのいくつかが強調される。過去や未来、宇宙、異世界など、自由奔放な展開が用意される劇しんではあるが、その根本のテーマは共通している。家族(みさえ・ひろしーしんのすけ・ひまわり)、夫婦愛(みさえーひろし)、友情(しんのすけーカスカベ防衛隊)という形で、誰もが共感できるテーマを自然に設定できることも劇しんの強みだ。

こうした強みは、大長編『ドラえもん』と比較することで際立つ。ドラえもんの場合は、日常(原作漫画、アニメ)が既にSF要素(ひみつ道具)を含んでいる。したがって、いくら異世界を旅しようと、大規模にひみつ道具を使おうと、大長編『ドラえもん』は日常回の亜種、拡大版の域を出ない。大長編『ドラえもん』は面白い。それは疑いない。しかしそれは『ドラえもん』本来の面白さだ。

劇しんが時に原作を遥かに凌駕する面白さを誇ることができるのはなぜか?それは、観客が十分に野原一家の日常を鑑賞し、共感した上で劇場に足を運ぶことで、野原一家が体験する非日常を身近にできるからだと赤宮は思う。

意外なことに、劇しんを担当する監督はかなりの頻度で変更されている。それぞれの監督には、自分の得意な映画ジャンル、展開というものがある。クレしんという原作は、「ありふれた家庭とギャグ」という大前提を劇しん監督に与え、後は監督の裁量に任せる(ただし、臼井氏原作の初期数作を除く)。だからこそ、作品の出来は監督の腕前1つにかかっている。

 

前置きが長くなりすぎた。今回の作品『襲来!!宇宙人シリリ』は、そうした数ある劇しん作品の中でも、安心して他人に勧めることのできる作品だと思う。「ある日宇宙人がやってきて、ありふれた一家と交流する」という展開は、『E.T.』など多くの作品で見られる、まさにSFの王道といっていいものだ。しかし、橋本昌和監督は、こうした使い古されたプロットを下敷きに、野原一家とカスカベ防衛隊、そしてゲストキャラクターを丁寧に配置し、かなりの傑作ロードムービーを生み出すことに成功している。

今回の作品のテーマは親子愛と友情だ。親子愛については、自由奔放にしんのすけを育てる野原夫妻と、厳格に息子を育てるシリリの父がうまく対比されている。はじめ、親の役に立つことしか頭になかったシリリが、野原一家との交流を通じて、少しずつ親の呪縛から逃れていく、その過程がうまく描かれている。とはいえ、あくまでも「クレしん」なので、その描写が重くなることはない。あくまでもコミカルに、しかししっかりと、行き過ぎた教育を与える親御さんたちにチクリと警告する内容になっている。

また、しんのすけとシリリの間に生まれる友情も、爽やかで気持ちがいい。本作の中盤は二人と一匹による移動シーンが主となるが、その描写がとにかく美しい。綿密な取材に基づいて描かれる西日本各地の風景や、旅先での小さな交流のシーンなどは、見ている人に「旅がしたいなぁ」と思わせる魔力を秘めている。

加えて、25周年記念を踏まえた、橋本昌和監督の原作、過去作リスペクトを高く評価したい。中盤の警察でのシーンで段々腹さん(『ロボとーちゃん』)のポスターが貼られていたり、どこか『ヘンダーランド』を思わせるサーカスシーンなど、過去作を踏まえた内容作りは圧巻の一言。過去にも20周年記念『宇宙のプリンセス』という過去作をリスペクトした作品はあったが、あの演出は監督の力量不足で上手く行っていなかったように思う。だからこそ、演出的に無理がなく、ファンをニヤリとさせる場面をちりばめた橋本昌和監督の実力は評価されてしかるべきだろう。


エンディングの展開は劇しんの慣例からは少しズレるもので、掟破りのやり口ではある。そこの賛否はあるかもしれないが、それを差し引いても、『襲来!!宇宙人シリリ』は劇しんの中でもかなりの名作だと評価できる。宇宙人と幼稚園児とのロードムービー、ありそうでなかったこの映画を、ぜひ楽しんでほしい。

 2017/9/30